固体窒素

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試薬Aと試薬Tの混合比を十六通りの組み合わせで実験して、その結果をマルバツで示した(テーブル)。ノートに書かれていたのはそれだけで、実験操作も記載がなく、試薬もアルファベットで伏せられている。 教授陣から与えられた実験テーマとは異なる学生自身が考えた研究を記載したものだろう。いわゆる闇実験。それなら、まあ隠すなら薬袋の席が最適か。どうだろうか? それに、試薬に割り当てられたアルファベットの意図もよくわからない。普通なら、Aの次はBになるのに、なぜTなのか。おそらく、何かの頭文字だろうと推測をつける。 薬袋はヒントの少ない謎について考えるのを止める。その代わりデータの数字を眺めて、その結果に着目する。といっても、結果は一つだけマルがしてあるだけで、他はバツ。もちろん、そこから読み取れる情報は少ない。 それでも、闇実験で結果が出ているようだから、素晴らしい。 そんなことを薬袋が思っていると、誰かが研究室に入ってくる音がした。薬袋はさっと手に取っていたノートを元の場所に戻し、そちらを見る。 「えっ、薬袋さん? どうして?」 背が低くて童顔の少年が驚いて、綺麗な瞳を薬袋に向けたまま固まっている。綺麗な黒髪のショートヘアの美少年は、どこか少女染みた所作をする。例えば、今のように驚きの表情でドアにしがみ付く姿は、そう見えてしまう。 「田宮(たみや)くん、おはよう」 「お、おはようございますっ!」 もはや、敬礼のようにびしっと姿勢を正して、田宮は忘れていた挨拶を一生懸命する。それが薬袋には可愛く見えて、思わず微笑む。 「驚かして、ごめんなさいね。無実で釈放されたの。不起訴処分というものね」 「そ、そうだったんですかっ! よかったぁ」 そう安堵して、敬礼ばりの姿勢を緩める。学部四年生とは言え、やたら幼く見えるのは、なぜだろうと薬袋はいつも疑問に思っている。反応がいちいち大げさだからかしら。
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