固体窒素

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薬袋と徳山は学生の居室スペースで、向かい合うように椅子に座った。秘書のいる部屋には皆谷助教が持参したお弁当を食べていたので使えなかった。今ちょうど誰もいない居室スペースでいいだろうと徳山は述べ、薬袋もそれに従った。 「話は獅々友刑事から伺っている」 「ええ、存じております」 「青酸カリを持ち出されたことで、大学総長は記者会見で謝罪することになった」 「そうですね」 「朝一、実験をしていたみたいだが、それで何か思わなかったのか?」 それで、薬袋は返答できなくなった。その様子を見て、徳山はただ一言、 「そうか」 と簡潔に述べ、薬袋は一気に血の気が引いた。 「すみませんでした」 ただ頭を下げて薬袋は謝る。ことの重大さに眩暈(めまい)がした。 研究室が実験停止になっている可能性を薬袋は想像していなかった。自分の行動次第で、研究室は実験停止に陥るのだと、危機意識を全く持っていなかった。そこを徳山は容赦なく突いたのだ。 「固体窒素を食べて死んだやつがいる」 突然、そんなことを徳山は言い出し、薬袋は驚いて頭を上げた。そして、徳山と目が合い、薬袋は硬直する。そこに、徳山はとどめを刺すように告げる。 「お前も同じだ」 エバポレーターが回転する音が耳に入る。冷却器が唸り、精密測定機器がピーと鳴いた。ドアが開く音がした。薬袋の視界に太めの体格で薄ピンクのシャツの上にジャケットというカジュアルフォーマルな服装を着た男が入る。三田先輩だった。彼は徳山を見るなりぎょっとした表情になって、居室スペースを遠めから眺めたまま立ち止まった。それを見た徳山は、椅子から立ち上がる。 「実験は黙認する」 そう言い残して、徳山は居室スペースから出ていった。三田先輩には目もくれず、厳格で神経質そうな早歩きで、そのまま扉の向こうへと消えた。
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