第2話「忘れられた宿」

4/19
前へ
/102ページ
次へ
「やっほー! ベッドだー!」  身に着けていたリュックサックや上着を雪も払わないまま地面に放り投げ、エルは文字通りベッドへ飛び込んだ。  そして「ふかふか~」という言葉を最後に、喋らなくなった。お疲れのお嬢様は、早々に眠りについてしまったようだ。 「やれやれ、疲れてるのは僕も同じなんだけどな。」  仕方なく自分とエルの荷物の雪を払い、暖炉の前に置いた。暖炉にはすでに火がついていたため、乾くのにそう時間は掛からないだろう。   そして上着をハンガーに掛けようとしていたところで、僕はある違和感に気づいた。  ―― 静か過ぎる。  そう。静か過ぎたのだ。  そしてすぐにその違和感の元――エルの方を向く。  エルは、ベッドに飛び込んだ姿勢のままピクリとも動かない。    僕が心配になって近づくと、すぅすぅという静かな寝息は聞こえるものの、その寝相は普段の彼女とは大きく違っていた。  普段元気なエルは、例え眠っていても元気なのだ。ぐおーっと豪快な寝息を立て、寝袋に包まれたまま転がり回り、そのまま焚き火に飛び込みそうになった所をこの2日間で何度助けた事か。    そんな彼女が、(失礼は覚悟で言うが)まるで、普通の少女のように慎ましく眠っていた。  「よっぽど疲れてたのかな…」  エルと出会ってまだ数日しか経っていないが、彼女の天真爛漫かつお転婆な性格は、正直もうお腹いっぱいと言うほど見てきた。  もちろん、彼女の明るく前向きな性格に助けられている部分も大きいけれど…こうして静かな寝顔を見るまでは、彼女が遠い魔法使いの街の貴族であるという事をすっかり忘れてしまっていた。  そっと布団を掛けてやると、彼女は微かに身じろぎし、「兄さん…」とつぶやいた。
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加