第2話「忘れられた宿」

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「火事だ!早く外に!」  僕は、まだ立ち上がれないエルの手を引っ張って立ち上がらせた。  先程に比べれば、状況が掴めた分だけ少し加減できた。 「待って、部屋の荷物が!」 「荷物は…もう駄目だ」  開きっ放しのドア越しに、先程まで寝ていた部屋を見る。いつの間に火が回ったのか、部屋の中はすでに火の海になっていた。  ハンガーに吊るされた僕とエルの上着が勢いよく燃えているのが見える。    しかしその光景をみても、エルは食い下がった。 「せめて、兄さんの形見だけでも・・・!」 「エル!」  彼女は僕の腕を振り払って部屋に入っていこうとするが、僕は手を離さない。    振り向いたエルと目が合う。  彼女の目尻にはすでに溢れそうなほど涙が溜まっており、今にも泣き出しそうだ。  初めて見た表情だった―――不謹慎だとは思ったが、先程の焦りと危険とは異なるサインが、僕の心臓をドクンと鼓動させた。   「僕が行こう」 「・・・えっ?」 「君の荷物を取ってくる。その、兄さんの形見はどこにある?」 「枕もとのポーチに・・・でも」  彼女の言葉を待たず、僕は部屋に足を踏み出した。  火の勢いは目に見えて強まっていく。行くなら早くしなければ。    すると先程と状況が逆転し、今度はエルが僕の腕を引いた。 「ごめん、私がどうかしてた。やっぱり、いいよ。危ないよ」  言葉では諦める決意をした様に聞こえるが、彼女の弱々しい声色から、諦めきれていない気持ちが伝わってきた。 「すぐに取ってくる。大丈夫だ。だから先に外に出ているんだ」  袖を掴むエルの手をゆっくり振り払うと、僕は踵を返して部屋に飛び込んでいった。    部屋に入ると、たった数刻で身の丈ほど燃え上がっている炎に囲まれた。  熱い。  直に火を浴びるというのは、こんなにも辛いものだったのか。  人間はあらゆる死に方の中で、火に炙られて死ぬのが最も苦痛だと聞いたことがあるが、なるほど確かに納得だ。  今にも炎の渦に飲まれてしまいそうな意識を何とか保ち、エルが寝ていたベッドに近づいて行く。  ほんの数歩の距離が、とてつもなく長く感じた。
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