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なんと僕の体は大きなシャボン玉のような泡に包まれており、周囲の燃え盛る炎から護ってくれているのが分かった。
――エルの魔法だ
「早く戻ってきなさいよ、バカっ!」
エルの怒号が聞こえてくる。
言われなくても、すぐに戻る。僕はそう叫びたかったが、そこまで声を張る気力と余裕は無かった。
「はぁはぁ…できた…水の魔法」
僕が部屋の入り口まで戻り、ポーチをエルに手渡すと、彼女は魔法を解いた。
水の魔法は苦手だと言っていたのは本当だったようで、これまで何度か見た炎の魔法を使った後よりもだいぶ狼狽していた。
「何とかポーチは取ってきたよ。エルの魔法のおかげで」
「うん…ありがと」
エルは両手でポーチをしっかりと抱きしめた。
先程部屋に入る前に目尻に溜まっていた涙はついに溢れ出したと見え、それを隠すように下を向いた。
もっとも、彼女の兄の形見も僕の命も事なきを得たところで、この燃え尽きてゆく建物から外へ出なくては未だ危険な状況であることに変わりはない。
僕はエルの手を引いて、出口へ向かって走り出した。
幸い、出火したと思われるのは廊下の奥のトイレか、僕たちが眠っていた部屋だけだったようで、宿のロビーにまだ火の手は届いていなかった。
それでも、この建物全体を覆う熱気と焦げくさい臭いはすでに充満していた。
出口の扉に走りつつ、カウンターを横目に見る。
僕たちを部屋に案内してくれた女主人の姿は無い。
先に逃げてくれているならいいのだが、もし取り残されていたら…
それに、もしかしたら他の宿泊者が居たかも分からない。
逃げ遅れた人が居ないか確認するべきか一瞬迷ったが、この建物に僕たちの他に何人居たのか分からない以上、部屋を一つ一つ確認する訳にも行かない。
「火事だー!逃げろー!」
ひとまず僕は大声で叫び、もし他に人が居たとしたら、聞こえてくれる事を信じるしかない。
とにかく、今は自分たちの命を最優先せねば。
僕は出口に辿り着くと、急いで扉の取っ手を掴んで押した。
しかし――扉は開かなかった。
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