第1話「ある冬の日の夜」

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 木々が生い茂る山奥に、ぽつりと小さな小屋があった。  ものごころが付いて、自分が「グレン」という名前であると知ってからもう10年と少しくらいは経ったと思うが、記憶に残っている限り、僕はほとんどの人生をこの小屋で過ごしてきた。  小屋の近くの川では魚や動物は十分に獲れるし、ふもとの人里からも適度な距離であるため、毛皮を売りに行ったり、必要なものを買いに行ったすることも容易で、それほど生活に苦労したことはない。  見てくれこそ貧相ではあるが、自慢の拠点である。  僕はその自慢の拠点で、ずっと山奥の狩人として生きていくつもりだった。  狩人という職に特別こだわりがある訳では無い。今の生活に絶対の満足を得ていた訳でも無かったけれど、それを捨ててまで他に歩みたい人生がある訳でも無かった。  安定した日々を淡々と過ごし、繰り返しの中での小さな変化や刺激を楽しむ――― 僕にはそれで十分だ。そう思っていた。  誰とも深く関わるつもりは無い。黒い鉛筆で走り書きしただけの様な、僕の人生設計図。  しかし幸か不幸か、そんな淡白な僕の設計図は、ある一人の少女との出会いにより、簡単に書き替えられてしまう事となった。それも、かなり劇的に。    大きな紙の隅っこに、ちょこんと描かれていた僕の人生。  それはいつの間にか紙一杯に、色んなクレヨンで滅茶苦茶に殴り書きされていた。    今でもよく覚えている。  彼女が僕の元に訪れ、小さな世界から連れ出してくれた時のこと。  白と黒の色しか知らなかった僕に、初めて他の色を教えてくれた時のこと。  初めて彼女と出会ったのは、雪が深々と降り積もる夜だった――― *** *** *** *** ***
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