83人が本棚に入れています
本棚に追加
外へ出ると、転がり落ちてきた"何か"はすぐに視界に入った。両手を広げても抱えきれないであろう大きな雪玉が、井戸の傍で転がっていた。
山の斜面を転げ落ちてきたこの雪玉は、井戸の縁に衝突して止まったのだろう。
しかしいったい何故、雪玉一つだけが転がってきたのだろうか。僕は不自然な現象に疑問を抱きつつも、雪玉に近寄っていった。
―どうしよう。このまま放置して溶けるのを待とうか。でも大きすぎて邪魔だな。それなら…
雪玉の処分を検討していると、どこからか消え入るような声が聞こえてきた。
「…たすけてー…だれかー」
一瞬自分の耳を疑った。聞き間違えでなければ、この雪玉から声がしたのだ。
「たすけてー」
くぐもった助けを呼ぶ声が再び聞こえ、確信した。
――この雪玉の中に誰か埋まってる!
僕は急いで雪玉に走り寄り、ランタンと斧を足元に置き、雪玉を堀り始める。
幸いにも降り積もっていたのは水気の少ない粉雪だったため、少しずつだが手で掻き分けることができた。
数分としないうちに、雪ではない、柔らかい感触に辿り着く。もう少し雪を払うと、それが衣服を着た人の腕であることが分かった。
はやく頭を出してやらないと、窒息してしまう。雪を掻き分けるペースを更に速める。
数十秒としない内に、雪玉に埋まっている者の姿が露になった。
人間の少女だった。一目見ても分かるくらい衰弱していたが、息はあった。
大丈夫ですか、と声を掛けると彼女はうっすらと目を開けた。そして僕の姿を確認すると何か言葉を紡ごうと唇を動かしたが、声を発するに至らないまま、くたり、とうなだれた。
その後は彼女を小屋へ運び、暖かい毛布を被せ、暖炉の前で寝かせた。僕はテーブルの椅子を暖炉の方へ向け、彼女の様子を観察する。すぐに、この近辺の住人ではなく、旅人であることが分かった。
彼女はこの辺りではまず見かけない綺麗な黒髪を肩の辺りで切り揃えており、衣服も丁寧になめした革をコートにしたもので、長旅に耐えうる耐久性と防寒性を兼ね備えた上等なものだった。
そしてその身なりや端正な顔立ちとは裏腹に、ぐおおーと豪快な寝息を立てている様子が可笑しくて、僕は少し笑ってしまった。
その後間もなくして、椅子に座ったまま僕も眠りに落ちた。
最初のコメントを投稿しよう!