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今回の戸籍登録にあたって、あなたは蘇生処置を受けているため人権の一部を放棄することに同意が必要なの。つまり、人類共同会議における参政権、火星コロニーの居住権及び渡航権、八十歳までの延命権。これらを保障されない第二級民……私たちリカオンと同等の身分として生きなければならない」
彼女の言う《権利》はどれもピンと来るようなものではなかったから、正直なところどうでもいい。火星の暮らしがどんなものなのかも、百五十まで延長された人生も、もはや僕の想像を超えてしまっている。それよりも重要なのは、彼女が自分の種族を《リカオン》と言ったことだ。
アニェスさんは説明を中断し、バッグから取り出したバゲットを大口をあけて丸齧りした。パンの方には猛獣が獲物を喰らった様な歯型がくっきりと残る。何度見ても、彼女の食事は少しワイルドというか、時折粗暴さが見えてしまいちょっとドキリとする。
それもそのはずで、彼女の口の中にはぎらり光る鋭い歯が並んでいて、それらが鮮血を滴らせるのを僕は何度も目撃した。そんなことはないと分かっているけれど、その牙が僕に襲ってきやしないかと、本能的恐怖がどうしても拭えない。
僕から見たままを表すならば、アニェスさんは紛れもない狼人間だ。全身燃えるような赤毛に覆われていて、尖った鼻先に大きな三角耳、長い尻尾も尖った爪も着ぐるみではなく全て本物だ。直接触って確かめたのだから疑う余地はない。
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