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「ここに署名をした時刻を以って、あなたには今言った義務と制限付きの人権が発生します。社会的常識を一から学びなおして、いずれは私たちの社会の中で就労し生活していく。その上決してヒトとして認められることはない。ここで生きていくのはあなたの想像以上に苦しいものかもしれないわ。どうするかはあなたが決めるのよ」
目の前に差し出された書類の最後に、『説明を受けた内容に基づき、通常の市民権を放棄することに同意します』とあった。
今の僕という存在は、窓の外に広がる病院の中庭のように、時の流れという分厚い雪によって全ての色彩を失っている。何一つ物を持たず、誰一人として繋がる人はなく、十四年見聞きしてきた経験は一切役に立たない、まっさらな白に塗り潰されてしまった。
広い庭の中央に立っている一本松は、圧し掛かる雪塊によって枝を折れそうなほどにしならせている。重さにして数十キロになるであろう湿った雪も、そのしなやかさでしっかりと受け止めるその姿が、僕にはなんだか凛々しく思えた。
僕は黙って署名欄に自分の名前を書き込んだ。不思議なくらいに一切の迷いなく、勝手に手が動いているようだった。
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