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ここの冬がどれだけ深く厳しいものでも、やがて春は訪れて、埋もれていた草木が色を取り戻すときがやってくる。様々な花が咲き、新緑が芽吹く。生命の歓喜と次世代への希望に満ちたその季節を、目覚めてからずっと心のどこかで待ち焦がれているのだ。何もかもが新しい世界、その時僕の前にはどんな景色が広がるのだろう? そんな幼い好奇心を抱いている自分に気がついていた。
「《私は忘れない、ユリの下に生まれ、バラの下に育つことを。》ケベックにはこんな言葉がありました。イギリス施政下においても自分たちはあくまでフランス人である、そんな意味です。周囲の環境が大きく変わっても、自分たちは変わらず生きていける、今はそんな風にも思えるんです。……僕はもう自分の目と耳を塞がないと決めました。信じられないだとか、夢かもしれないなんて言わないで、これから出会う物事をしっかりと確かめていきたい。長い時間が必要だろうけど、あるがままの世界を受け入れて自分に出来ることを探してみます」
定まった決意を口に出すと、直前までの不安はすっと消えてなくなった。杞憂ともいうべき道の災難に出くわす心配よりも、これから具体的にどうしたいのか考えられるようになったからだろう。新しい生活をするに当たって必需品はどうするのか、どこで誰と暮らすのか、アニェスさんに訊くべき事が次々と沸いて出てくる。それらはいったん飲み込むとして、僕はさらにもう一言付け加えた。
「それからもうひとつ、僕を《見つけた》って人にあって話をしたいんだ。その……お礼が言いたくて」
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