4人が本棚に入れています
本棚に追加
一回見ただけのたあの後姿を思い出すたびに、自分でもよく分からないのに何故か心臓の鼓動が少し速くなる。あの時ちょうど朝日が後光のように眩しく射したせいだろうか、その瞬間彼女は宗教画の天使みたいに輝いていた。
僕の目がわずかに泳いだのをアニェスさんには見抜かれたかもしれない。彼女は書類に不備がないかざっと目を通すと、最後に残っていた空欄に署名した。
「手続きはこれで全て終了よ。3001年12月11日、今日からあなたは地球民として新たな生き方を与えられた。学び、働き、背負った重き荷を決して捨てないこと。ダニエルならきっと出来るはずよ――最後に、第二の誕生日おめでとう」
彼女はそっと右手を差し出した。リカオンの手は全体の形こそ人間に似ていても、皮膚が出ているのは指先と掌のの上半分だけ、それも肉球のように柔らかい。丸く削られているとはいえ、爪は肉食獣そのもので、強く引っ掻かれたら傷になりそうだ。
半分オオカミで、半分人間。この奇妙な種族と僕は一生付き合っていかなければならない。周りを見渡してみれば、病院のロビーで順番を待つ患者たち、休憩時間に談笑しているスタッフたち、彼らは皆リカオンだ。
僕はアニェスさんの手を強く握り返す。大丈夫、心配は要らないよ……そんな気持ちを込めながら。
「ありがとう」
最初のコメントを投稿しよう!