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第十章 あひるの子
ひとしきり雪乃は自分勝手な話を繰り返すと民子を外へ誘った。すっかり日が暮れて暗くなり、座りっぱなしだった腿の裏側が痛かった。
「下を見て!」長時間、雪乃と対峙していた事もあり思考がぼやけ混濁していた。思わず下を見ると階下に山井が無表情で突っ立っていた。
「なんのつ…」民子が言い終わらない内に雪乃は民子をそっと押した。雪乃を掴もうと手を伸ばしたが空を掴んだ。脚に力が入らず膝が折れてもつれてしまい階段を落ちていった。
「こんばんは」葬儀も終わり、部屋で母の写真と骨壷を静かに見つめる悠一の元へ小さなノックと共に声がした。ドアを開けると夜に映える白い洋服を着た綺麗な女性が立っていた。
「お前が大人しく、雪乃にあの子を返さないからだ」章吾はそう言って民子を抱き起こすと、辛うじて息のある民子の後頭部に黒い革の手袋はめた手を添えて力強く前に倒した。鈍い音と静かな断末魔と共に民子は絶命した。
「誰ですか?母の知り合いの方ですか?」悠一は質問に黙ってうなずく女性を部屋に通して、母の遺影の前に案内した。
「母の友人の方ですか?すみません、母は友人の話をしない人だったので」女性は遺影手を合わせるでもなく大きな瞳で見つめると、悠一の方に向き直り
「少し外でお話しようか?」と悠一を誘った。階段の踊場の手すりに背中を軽くあずけると雪乃は悠一を愛でる様に見つめて
「私が君の本当のお母さんだよ」
「?なんの話ですか?」良く解らない物言いに悠一は混乱して聞き直した。
「私が君を産んだんだよ」
「僕を産んだのは母さんですよ?」混乱していたが悠一は反論した。
「君はあの子のじゃないの!私の物なんだよ!」雪乃の強く言った。
「僕はあなたが誰だか知らない!」悠一も強く言った。
「調べたらすぐに解ることだよ」雪乃は穏やかに言った。
「僕の母は島野民子ですよ」悠一も穏やかに言った。
「私の傍にいてほしいのよ」
「僕は母さんの傍にいます」
「じゃあ私の傍にいないと」雪乃はいたずらっぽく笑った。
「僕の母は島野民子ですよ」悠一は頑なに言った。
「どうしても来てくれないの?」
「どうして今なんですか?」雪乃は大きな瞳を見開いた。
「あなた、その物言い…民子と同じだよ…」雪乃はそう言うと動揺して後ろ向きに階段を降りようとした瞬間、踵が滑りバランスを崩した。悠一は咄嗟に雪乃の両肩を掴んだ。
「あの…産んでいただいて、ありがとうございました!」
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