第三章 綾間雪乃

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第三章 綾間雪乃

誰にも心許す事は無かったが、綾間雪乃は1人が苦手で知っている誰かが居ないとどうしようもなく心細くて寂しく怖かった。だから雪乃は幼い頃から常に誰かの傍にいた。 「あんた、いつもキョロキョロしてるね!」民子は雪乃の大きな瞳を愛でる様に眺め、雪乃は誰かを見つけた。 「いつも一緒にいるんだね?」同じクラスの山井章吾が声をかけてきた。雪乃は誰かを見つけた。彼女の日常は常に誰かと居ることがすべてだった。誰かと居ると雪乃の世界は広がり満たされ何処へでも行ける気がした。雪乃の自由は好きに振る舞う事ではなく、誰かが傍に居てくれて初めて望んだ自由が成立していた。1度だけ1人になった事があったがその時は家からも出られなくなり、誰かが現れる迄は動きを止め、電池が切れたオモチャの様に誰かが現れ彼女に電池を入れてくれるのをずっと待っていた。だから民子と章吾の関係がどうなろうと彼女には全く気に止める理由も必要も無く、そもそも雪乃は自分意外の人間には興味が湧かなかった。ただ雪乃の視界に入り傍に居てくれる存在で良かった。それだけで良かった。彼女はどんな人からの誘いも断った事が無くて、容姿のせいかお金には困らないで済んでいた。そんな雪乃を両親は溺愛し、傍に寄り添う事なくオモチャを眺める様に愛でていた。民子と章吾はしだいに距離をとるようになり、民子は雪乃に章吾の事は何も聞かなかったが、章吾は民子の事を雪乃にしきりに聞いてきた。 「島野さん、俺の事何か言ってなかった?」 「ん?民子?章吾君の事を?何も言ってなかったよ。」 「そう?なんだ」不思議と章吾は雪乃がその答えを言うたびに苛ついた。 ある日、雪乃は章吾の気持ちを受け入れた。彼女が誰かを我が物とした瞬間でもあった。章吾もその日以降、民子の事は言わなくなっていた。 「民子?今日もバイトなの?」雪乃は寂しそうに聞いた。 「ゴメンね~!うち親居ないじゃん?だから自分でやらないとね!」民子は明るく言うとウィンクして雪乃から離れて行った。彼女が誰かを失なった瞬間でもあった。 民子は児童施設出身で高校へ入学と同時に施設を出て1人で古い文化住宅の一室で暮らしていた。民子にとってはその事で特に後ろめたさは無かったが、高校2年生の時に担任が民子の素性を皆に話したが為に、民子の傍には誰かも近づかなくなり次第に孤立していった。雪乃は民子の素性を知ると大きな瞳で民子を見つめた。
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