第一章 島野 悠一

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第一章 島野 悠一

2018年の春、島野悠一は高校を卒業した。卒業式の日はあいにくの雨だったが気にならなかった。こう言うイベントが嫌いな母の民子は悠一の公的な最後のイベントにも顔を出さなかった。そして、その日の夜に民子は亡くなった。 悠一は母子家庭で育った。民子は快活な性格で口は悪かったが近所のおばさん連中には好かれていた。ただママ友と言うジャンルの友人はいず、左利きだった民子は人差し指と中指の間に愛煙してるピースを挟み、時折ゆっくり吸っては悠一の顔を避けて煙りを燻らせ 「会わないのよね…」と呟いていた。 民子の死因は転落死だった。古い文化住宅の二階に住んでいたから階段も脆く滑りやすかった。隣に一人で住んでいる小うるさい久和阿美子は一度階段から滑落して骨折していた。 「運が悪かったのかね…」阿美子は独り言を悠一の傍で言い、民子の葬儀をしていた近所の集会場から文化住宅へ帰った。下の階に住んでいる岬夫婦は高齢で二人で杖をつきながら参列してくれ 「あんた!どうするの?これから?」妻の咲枝は富山訛りで悠一に捲し立てた。 「おばちゃん、だいじょうぶ!大丈夫だよ!」悠一は精一杯の返事をした。悠一は辛い時、決まって一旦深く息を吸いゆっくりタメ息の様に吐いた。咲枝の夫、孝次郎はそんな悠一を見てとって咲枝の肩をやさしくおさえて、静かに会釈すると葬儀の場を後にした。 卒業式の後、悠一は友人達と街で遊び、夜の8時頃に自宅の文化住宅へ帰るとまばらに集まる人々と煌々と赤色ランプが回り、救急車とパトカーの姿が見えた。 「あんた!どこいっとんたんな!!あんたの母ちゃんが!母ちゃんが!!」岬咲枝は動揺して悠一に掴みかかった。悠一は膝の悪い咲枝に引っ張られて、救急車の元へ来ると見たことの無い淡い桃色のスーツを着て横たわる民子を見つけた。 「息子さんですか?!急いで!!」救急隊員に促されるままに救急車に乗り込もうとした時、パトカーに目線をやると見たことのある男が警官に促されパトカーに乗り込もうとし、男も何気なくこちらを見た。視線が会うと悠一はその男が母の友人の山井章吾だと気づいた。悠一にとって山井章吾は毎年誕生日やクリスマスにプレゼントをくれるオモチャのおじさんだったのだ。激しく揺られる救急車の中で見たことの無いスーツを着て横たわる民子の姿に釘付けになり、民子からは香ばしく甘いピースの薫りがうっすら漂っていた。
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