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第十一章 羽ばたけたなら
「お母さん!飛べたらどこか行きたいとこある?」夕陽が綺麗で2人で良く近所の河川敷に来ていた。5歳の悠一は民子と2人寄り添うように座り、空を舞う鳥の群れを見て聞いた。
「そうねぇ…1人で行きたい所はないね!悠一と2人だったら色んな所に行きたいけどね!」民子は愉しそうに答えた。
「僕もお母さんと一緒に行きたいな!」
雪乃はそう言う悠一を突き飛ばして、逃げる様に階段を降り走り去って行った。よろめいて座り込んだ悠一は自分の両の掌を見つめて震えた。
「僕は母さんを助けてあげられなかったんだね!…ごめん…ごめんね、母さん!」
「悠一、今日は何が食べたい?」民子は夕陽の眩しさに目を細め聞いた。
「う~ん?カレー!やっぱりハンバーグ!」
「あんた、そればっかだよね!」民子は嬉しそうに笑った。
「だって、お母さんのつくったのおいしいんだよ!」
「どうしてなんだ?」ギシギシ鳴る階段の音に紛れて怒気を含んだ男の声が下から上がって来ていた。悠一はゆっくり姿を見せるオモチャのおじさん、山井章吾を座り込みながら見上げた。
「何故?雪乃の傍に行ってやらないんだ?」章吾は怒気を込めながら静かに言うと、大きな両の手で悠一の首を締めた。
「お母さん、まぶしいね!」悠一は両手で目を押さえた。
「本当、眩しくて目が痛いね!」民子も悠一の真似をした。
「お前さえ居なければ!雪乃は俺だけ見ていてくれたのに!!」悠一の目に映る章吾の顔は大事にしていたオモチャを取り上げられた子供の様に見えた。
「お母さん、教えて?」
「何?どうしたの?」民子は優しく聞いた。
「もう、お前の顔は見たくない!!」響く声の中で悠一は力が抜けて行くのを感じた。そして、言葉が口をついた。
「…母…さ……ぎゅ……て」
「お母さん、ぎゅってして!」5歳の悠一は甘えた。
「いいよ、おいで!」民子の温かい声が聴こえたように感じた。
「バキッ!!」異様な音が夜の景色に響き渡った。孝次郎は杖を力一杯降り下ろし金属の杖は曲がったが更に杖で殴った。
「離さんかっ!!」孝次郎の目には悠一の首を締める男の姿しか映らず何度も杖で殴った。男は振り返りながら膝が崩れて悠一の首を締めたまま階下へ堕ちていった。
「お母さん、僕、どうして悠一って名前なの?」
「…忘れた…」民子はそう言うと悠一を優しく強く抱き寄せて言った。
「大好きよ…」沈む夕陽が2人の影をゆっくり包んでいった。
おわり
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