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ずっと笑えるはずないじゃん。
だってママは…
あんなにパパが大好きだったんだから。
…
「…イノさん。私…できない…」
母親の眠る崩れたベット。
その前に立ち尽くす沖田かな。
彼女もまたベッドと同じように、今にも崩れだしそうだ。
彼女は母親にかけた能力をなかなか解除出来なかった。
大粒の涙を流しながら…彼女は何回も「できない」と言った。
「かなちゃん…」
考えてみれば当然のことだ。
この状況を生み出したのはこの子自身。
この状況を望んだのはこの子自身。
「だって…ママ…これを解いたら…きっとどこかへ行っちゃう…」
「…」
「ママを…あんなに好きだったパパが死んじゃった世界に…戻すことなんて…わたしにはできない…ッ」
お母さんがどこかへ行くはずがない。
それを一番わかっているのは沖田かな自身だ。
けれど、沖田かなはそれ以上に寂しいのだ。
頭でわかっていても、心が納得できないのだ。
「かなちゃん…」
「…」
涙は止まらない。
「お父さんが亡くなってからも、お母さんは君のために毎日夜食を作ってくれたんでしょ?」
「…」
「お父さんが亡くなってからむしろ、家事もしっかりこなしてるって言ってたじゃないか。」
「…イノさん…」
「そんなお母さんが、君を残してどこかへ行ったりするはずがない。」
「…」
洗面所には、赤と青とピンクの歯ブラシが仲良く並んでた。
リビングにはきっと沖田かなであろう幼い少女の遊ぶ写真が並んでる。
その他にも…話すのも照れくさくなる家族写真がたくさん並んでる。
まだ父親の影が残る家…
残された2人の女性。
俺がこの家に来たのは一昨日だ。
俺がこの家で入った場所は数か所だ。
そんな俺でも…こんなに感じるんだ。
沖田かなも知っているはずなんだ。
「お母さんは、お父さんと同じくらい君の事が大好きだったはずだよ。」
沖田かなの涙が晴れる。
「ママ…『ごめんね』」
沖田かなの身体がふわりと光る。
何も照らす事の出来ない弱い光。
けれどそれはとても温かい、優しい光だった。
…
…
…
「………か…な…」
「ママ…ッ!」
能力を解いてから沖田・母が目覚めたのは20分も後のことだった。
流動食ばかりで寝たきりになっていた彼女の筋肉は衰え、立つことは出来ないようだ。
しかし娘を抱きしめるその腕には、しっかりと力がこもっていた。
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