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男は話し掛けていた。
「二十一歳の時、お前と出会ったよな。手を繋ぎ、色んな所も行った」
その男の髪は白く、顔にはしわが波打っていた。
男は話し掛けていた。
「あれは三十の時だったか?俺が家に帰るとお前が倒れてたよな?あれは焦ったな」
男は話し掛けていた。
「お前がいなくなったその時から時間が止まったようだったよ。今年で俺も八十六歳だ」
男は話し掛けていた。目の前のその墓に。
「今だから言えるよ。結局、人生長く生きてもお前がいなけりゃこんなもんなんだと。あの時、お前と一緒に眠りに着けたら良かったのか、それともお前が俺の立場だったのならどんな人生を送っていたのか」
男は最後の言葉を投げ掛けた。
「もうすぐ、もうすぐそっちに行けそうだ。長く待たせたな。あと少し待っててくれ」
そう言いながら笑みを浮かべ、口周りのしわを頬に押し上げた。
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