ことの始まりはたわいもないことだった

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ことの始まりはたわいもないことだった

 雨が降ればトタンが派手に協奏曲を奏でてくるような家に家族で住んでいた。  トタンは近所をうろつくたびたび野良猫たちの縄張り争いの舞台にもなり、季節になればドタバタとエンドレスなバトルが繰り広げられるものだった。  そんなある日。私は風呂に入っていた。 「ニャー……――」  遠慮するような声を聞いて、私の悪戯心が目を覚ました。器に入っているのはあくまでタヌキであるから、声真似というものが他の人間よりは得意である。  しかし所詮人間の声帯を使う。まったく完全な猫の声などは目指さず、私の浴槽の側を通りがかったまだ見ぬ通行猫を混乱させられれば充分だった。しかし。 「みゃあ」 「……ミャア!」  なんだかわからんが、兎に角”通じた”ということは半妖の私にもわかった。 「みゃぁあ」 「ニャー」 「ふみゃ」 「ニャーゴ」  私の中のタヌキが、確かにネコと話をしていた。そのときそいつは、私を室内飼いの猫だと認識したに違いない。  それ以降、浴槽のある一階に私がいるとたまにそいつが窓の向こうのトタンに現れ、ほかに猫もいないのに鳴くことが多くなった。  途端に私は怖くなった。まるで何気なしに放った石が街路樹を焼いてしまったかのような、禁忌に触れた罪悪感みたいなものが心を満たした。そんなつもりじゃ、と思ったのである。  そんなことがあり、私は慌てて器を閉じてしまった。もう二度と、タヌキが現れぬように。
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