病めるときも、健やかなるときも。

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「――そろそろ帰らなきゃな」 時計の針は、もうすぐ十一時にさしかかろうとしていた。 蒼さんが私から体を離そうとする。 名残惜しくて、思わず引きとめるように腕をつかんでしまった。 「可愛いことするなって。状況わかってんのか?」 「だって……。明日もお仕事、早いの?」 「いや、午後からだけど」 「泊まっていったら……?」 「リビングで藍と兄弟仲良く並んで寝ろってか。やだよ、暑苦しい」 「そうじゃなくて……」 言い淀む私に、蒼さんは怪訝な顔をする。 蒼さんの腕をつかむ手に、ぎゅっと力を込める。恥ずかしくて眩暈がしそうだった。 それでも今夜だけは、まだこのあたたかさを手放したくなかった。 「そうじゃなくて――このまま、ここに、泊まっていったら……?」 ありったけの勇気を振り絞って呟いた言葉は、緊張で震えていた。 私を見下ろす蒼さんの顔が、みるまに強張っていく。 「……マジで言ってんの?」 真顔で凝視しないで。 「同じベッドで寝て、俺がおとなしく約束守れると思う?」 思わない。だけど―― 「私も、もう限界みたい……」 ずっと我慢してた。 二年前のクリスマス、静香として蒼さんに再会してから、ずっと。 今私を見つめる蒼さんの瞳は、十六年前と少しも変わらす真っ直ぐで、熱くて。あの頃はその気持ちを受け止められない自分の体が、悲しくてたまらなかった。 でも今は違う。シャツの下の体温に、手を伸ばせば簡単に触れられる。 『静香』の私が感じる愛おしさを、あの頃の『凜』だった私の悲しみが余計に駆り立てるから、今どうしようもなく蒼さんに触れたくて、触れられたくて、たまらなかった。
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