病めるときも、健やかなるときも。

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「……無言はやめて」 沈黙に耐えきれずに呟くと、蒼さんが我に返ったように瞬きをした。 薄茶色の瞳がせわしなく揺れている。 恥かしさで息も絶え絶えになっている私よりも、蒼さんのほうが、さらに動揺しているように見えた。 「ちょっと俺の耳たぶ、思いっきり噛んでくれない?」 「どうして?」 「いや、夢かと思って」 「バカ」 「……鍵、掛けとく?」 さっきよりもずっと熱くなった蒼さんの吐息が、耳にかかる。そのくすぐったさに、体が震えた。 「蒼さんのバカ。そんなこと、いちいち聞かないで……」 消え入りそうな声でやっと囁く。顔が熱くて、涙まで滲んでくる。 手さぐりでクッションを掴んで、顔を隠すように抱き締めると、蒼さんの切なげな溜息が聞こえた。 ベッドのスプリングが軋む音がして、蒼さんがドアに向かう気配がする。 心臓の音がうるさいくらいなのに、蒼さんがたてる物音ひとつひとつに敏感になってしまう。 きっと今、蒼さんの手はドアノブに向かって伸びていて、長い指で小さな内鍵を―― 「しーちゃん、ご本読んで!!」 勢いよく開いたドアと、ドアが何かにぶつかる音、蒼さんの「痛ぇ!!」という呻き声。 そして、聞き慣れた可愛らしい声に、私は全てを察した。 ……なんとなく、心のどこかで、こうなることを予感していたような気もする。 「おじちゃん、なんでしーちゃんの部屋にいるの?」 「……瑠璃、部屋に入る前は、まずはノックをしなきゃだめなんだよ。保育園で先生に教わらなかったのかなー、おかしいなー?」 「いちゃいちゃ注意報! いちゃいちゃ注意報!」 「うん、とりあえずお口チャックしようか。そしてママのところに帰って二秒で熟睡しなさい」 「蒼さん、瑠璃ちゃん相手にむきにならないで」 まだ半分寝ぼけている様子の瑠璃ちゃんを抱き上げて蒼さんをたしなめると、ドアにぶつけた額を赤くした蒼さんは、ふてくされたようにその場にしゃがみこんだ。
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