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「人の子。私はひらめいたと言ったろう? それがこれだ。この在り方だ」
桜は嬉しそうにサクラさんを見て、少年に顔を向ける。
「私の全ての力を使って、一時的に満開の桜に見えるようにしたよ。勿論、さくらとその母と、お前にだけ見える幻想だがね」
桜は木に向き直る。「どうだ、美しいだろう?」
「ああ、とても綺麗だよ」
それを聞いた桜は、満足げに頷く。
「この花はもうすぐ散り始める。この木は、この花は私だ」
桜の花が一つ、静かに落ちていく。それが告げだったのか、そこから花は一気に散り始めた。そして、どこかへ舞ってゆき、消えてゆく。
「咲良、綺麗だねぇ、私はこれが見たかった」
「うん、私もこれを見せたかったよ。お母さん」
その桜の木の奥には、静かに陽の光を反射しながら流れゆく綺麗な川がある。サクラさんも、サクラさんの母も、嬉しそうにその景色を眺めていた。
「ああ、お父さんにも見せてあげたい」
「いいの。お父さんは。私はこれを、咲良と見たかったんだよ」
どうして? とサクラさんは母を見つめた。母は静かに微笑む。
「咲良が生まれた時、お父さんはここで咲良が無事に産まれてくるようにって祈っていたんだって。その時の、この目の前にあった桜の木は満開で、川がこんな綺麗に流れていたんだって」
私はそれで感じた。ああ、この子はさくら、だと。
「だから私の名前は咲良なの?」
「そう。咲良のルーツ……というと少し違うかもしれないけれど、それを見せたかったの。私も見たことは無かったから。いつか見たいと思っていた。お父さんはもう見てるから、ね? いいでしょう?」
サクラさんは少し驚いた顔を母に向けていて、そしてふっと吹き出して、そうね、と笑って再び木に目を向ける。
桜も、嬉しそうな表情をサクラさん達に向けていて、頷いた。
「人の子」
「なんだい」
桜は静かに離れていく。「ありがとう」
桜の身体は薄くなっていた。よく見れば、桜の花びらは後僅か。
「儚いなぁ」
桜はそう言って、静かに目を瞑る。するとサクラさんの母は、サクラさんに何かを言った。
桜の花びらの、最後の一つが舞い始める。ゆっくりそれは舞ってゆき、どこかへ消える時だった。
「ありがとう、さくら」
サクラさんとサクラさんの母が揃って、木に向かっていう。桜は満足げに頷いた。
花びらは消えた。
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