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「おいおい。何するんだい?」
「桜の木を切るんです」
男は大きなノコギリを出して、桜の木の幹に刃を立てる。
「切らなきゃ掘り出せないのかい?」
お武家さまは、訝しげに眉間にシワ寄せ訊く。
「ええ、当然でしょう」
「まあ、確かにこれだけの桜だ。根は深いだろうからね。掘って木が母屋に倒れては大変だ。良いだろう。ダメならお前の首が飛ぶ」
男は木を切り出したが、太い幹は中々切れない。
「時間が掛かりそうだな。拙者は家の中で待ってるから、掘り出せたら呼んでくれ」
お武家さまはそう言うと、家の中へ入って行った。
お武家さまは、お茶をチビチビ飲みながら考える。
娘なんて埋まってる訳がないじゃないか。
そもそも、土に掘り起こした跡が無い。あの桜は大昔から、この庭にあったものだ。
そんな話、聞いた事も無い。
頭のおかしい町人の戯言だろう。
あの男程度の首と引き替えにするには惜しい桜だが、あらぬ疑いを掛けられ、方々で言いふらされては敵わん。
「お武家さまの家の桜の木には、美しい娘が埋まっている。
親元に返してやりてえ」
男はそう言って、泣きながら町を回っていた。
それが、とうとうお武家さまの耳にも入ってしまったのだった。
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