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サイドテールを揺らしながらアンナが向かうのは竜舎。
本来ならばまだ竜達が目覚めるのには、随分と早い時間なのだが……エリアスの竜舎には目覚めの早い竜が唯一一匹存在する。
木造の竜舎の扉をアンナが押すと、ギギギッと軋む音が小さく鳴る。聴覚が鋭い何匹か竜は、片目だけあけて侵入者を目視。
それが、アンナであると分かると、首を深く沈ませる。寝ている状態から竜が行う、低頭の仕草である。
アンナはそれを見る度に、まだ心を開いてくれないのか……、とがっかりするのだが、全く仕草の意味が伝わっていない証明である。
低頭のまま竜は再び眠りつく。彼が起きるのにはまだ早い時間だ。アンナは出来る限り音を立てないように竜舎の奥へと足を運ぶ。
竜舎の一番奥に、唯一早起きな竜が居る。
「……おはよう、ジーク」
そこに居るのは、百五十年の月日を生きる老竜ジーク。年老いて脱皮する体力も無くなり風化して灰色になった全身の鱗。
そして、若き頃に戦場で付けられた下顎から首を抜けて腹部まで伸びる傷跡。傷が出来てから何回か脱皮を繰り返している筈なのに、その傷跡は消える事はついぞ無かった。
恐らく、この傷を負った当時は生死を別ける程の致命傷だったのだろう。
一世紀以上前に起こったハインリッヒ帝国と、周辺諸国の戦争で負った傷だと、アンナはエリアスから教えられている。
当時のジークの活躍は凄まじく、当時騎竜していた竜騎士共々、英雄としてその名を時代に残しているのだ。
そんな英雄たる竜が、何故ベテランの竜師の元ではなく、エリアスのような若手の所に居るのかは不明である。
その事については、エリアスは何も教えてくれなかったし、アンナも深く訪ねる事は無かった。
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