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 満月の下、その森は恐ろしく綺麗で異様だった。  咲き乱れる紅白の梅、桃の花の横で青々とした葉を茂らせているのは何の木か。その根元には水仙、菜の花、大根の花、名も知らない小さな花が所狭しと顔を覗かせ、その端にはひときわ大きな枝垂れの桜が満開の花を咲かせている。  ここは家までの見慣れた帰路で、住宅街の真ん中のはずだ。あるわけのない風景なのに惹きつけられて眼を離せず、夜空に絢を競うように乱れ咲く花々を見上げ周囲を巡っていると 「こんばんは」 と、不意に声をかけられた。  いつのまにかそこに居た、黒い着物に同色の羽織を重ねた男は、実乃里に一瞬冷たく射抜くような視線を向けたが、すぐに眼を細めた。 「これはまた、可愛らしい花がおいでになった」 「花?」  若いようにも、年を取っているようにも見える整った涼しい顔立ちの彼は傍らの枝垂れ桜を見上げる。
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