ざしきぼっこ

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晩夏の温まな風が部屋を満たす。 この間新調した畳がい草の香りを目一杯にその風に乗せる。 シャワーの水が身体を伝う美しい音がする。 都心にほど近いアパートの一室で私は冷蔵庫からビールを出す。適当な壁に背を預けて開いた窓から煌めく街を眺めてビールを開ける。 生活感の無い部屋だった。本棚に文庫本と資料が幾つかあるだけで他は布団と机くらいしか無かった。強くない酒を煽ったからだろうか。ふと昔の部屋の様相と今のそれを比較して彼女の大切さと想いの強さを改めて確認する。 「お風呂空きましたよ」 薄いパジャマを着て彼女がペタペタと足を鳴らしながら入ってくる。肩より伸びた黒髪はシャワーの水をまだ含んでいて妖艶な光を放っていた。顔が赤くなるのが分かった。 「あぁ、先飲んでるよ」 飲みかけのビール缶を少し掲げて彼女に返事をする。 「よいしょー」と彼女もビールを抱えて横に座る。シャンプーのいい匂いがした。それと髪がくすぐったかった。 「もう秋だね。随分と時間がたつのは早いね」 肩に彼女がもたれかかってくる。やはり軽い。軽くて細くて美しい。ガラス細工に触れるような怖さがある。でも、体に触れる彼女の身体の感触は柔らかく温かい。 「あぁ」 私は酔いに任せて彼女と初めて会った時を思い出していった。 彼女と私の出会いは夏の初めだった。 その日仕事から帰ると私は階下の住人に絡まれるようにして苦情を言われていた。 「だからさぁ、足音がうるさいんですよ。昼間とかもドタドタドタって」 「はぁ、でも私は仕事で昼間はいないんですよ。聞き間違いでしょう」 「どうせ、子供とかでしょ。ちゃんとガキの躾ぐらいちゃんとしろよ!」 そう言うと酒臭さを残してドアを思いきり閉めて居なくなった。 仕事で疲れて帰ってきた私は二階に上がり自分の部屋の鍵を開ける。私は一人暮らしなのだ。ペットも飼っていない。音がするなら他の部屋か聞き間違いだろう。 「ただいま……」 私は癖で帰ってくるはずもない言葉を呟くとワイシャツを脱ぎながら洗面台で顔と手を洗う。そのまま冷蔵庫からビール缶を取り出して机に置く。上裸の状態で再び冷蔵庫を覗いて何かつまみになりそうなものを探す。 「……ぁふ、おかえりなさい。何か下の人に言われてましたけど平気でしたか?」
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