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公園に一本だけ植わっている桜が、今年も咲こうとしている。
今年の開花は早いらしい。四月になるのはまだ少し先のことだが、ふっくらとした蕾たちがもう眠りから覚めようしている。あと数日もしたら、色の無い枝々は薄桃色に彩られるのだろう。
でも、どうせ今年も間近で見ることなんてできない。
そう思いながらブラインドを閉めた。
毎年、桜といえばこれだけ。会社から見えるイルカ公園の桜を遠巻きに眺めるだけだ。
家の近くにも通勤路にも桜の木は見当たらないから、毎年気が付けば散っているようなものだった。我ながら寂しい春だと思う。
このゲーム会社で働き始めて、三年が経とうとしていた。
毎年桜が咲く季節は繁忙期で、とてもお花見などできない。いつもこの時期はゴールデンウィークに行われるキャンペーンの準備に追われるのだ。俺が所属するのは品質管理部。主にゲームや、それに付随するウェブサイトの不具合――所謂『バグ』を探すのが仕事。
だから、のんびりと桜を眺めている余裕など無い。
イルカ公園はこのビルの裏手にあるから、距離は近いといえば近いのだけれど。深夜残業と休日出勤で疲弊した体は、帰りに寄り道をする力も残っていなかった。
「みっちー、何してんの?」
座席に座ると、同期の林さんがフロアの入り口に立っているのに気付いた。
まだ十代にも見える幼い顔に、真っ赤な口紅がひかれている。チェック柄のミニスカートとニーソックスの隙間から太ももが見えて、思わず目を逸らした。
今日はまた一段とロックな服装だ。休日モードなのだろう。
「デバッグ中だよ。林さんこそどうしたの、日曜に」
「スマホ忘れちゃってさ、取りに来たの。なに、そんなに忙しいの?」
返答に困っていると、フロアのドアが開いた。何の偶然か、そこには吉田くんが立っている。
同期入社の三人が揃ってしまった。
「……あれ。みっちーと林、休日に会社で何してんの? まさか……デート?」
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