第六章

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 ばしゃばしゃと水しぶきをあげながら小笠原はプールの中央へと向かい、どんどん遠ざかっていく。置いて行かれる不安から、春臣も戸惑いながらフェンスを越え、服を脱ぎそっと水に足をつけた。思っていたよりも冷たい水の感触に思わず身が竦む。それでもそろそろと身体を沈めていくと、最初のうちに感じた心臓が縮み上がるような水の冷たさにも徐々に慣れ、肩まで浸かる頃にはどうということはなくなっていた。  ゆるゆると水を掻き分けながら小笠原のほうに進む。小笠原は顔だけを水から出し、四肢を投げ出すようにしてぷかりと浮かんでいた。 「今井もこうしてみろよ、すっげー綺麗に星みえる」 「うん」  春臣も小笠原の横に並ぶように、手足で水をかき顎をあげ仰向けに浮かんだ。視界いっぱいに、まさに降ってくるような星空が広がる。暗闇に目が慣れたせいか、先ほど屋上から眺めていた時よりずっと綺麗に星達が瞬いていた。  しばしその光景に心を奪われ、言葉もなくゆらゆらとただ浮かんでいた。なんとも不思議な気分。先ほどまでの少しの後ろめたさと少しの恐怖もすっかり消えうせていた。柔らかな水に包まれて、気持ちがとても穏やかになってゆく。 「なんか、吸い込まれそう」  声すらも、しんと静まり返った水とどこまでも広がる空に吸い込まれていくようだ。遠くからリィリィと鈴の音のような虫の声が聞こえる。 「みんなでワイワイ言いながら見るのも楽しいけど、こうやって静かに二人で見るほうがいいよな」 「……そうだね」     
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