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マスターはもちろんのこと、言った藤岡ですら、驚いて目を瞠っている。
「ハル……? いやなら別に無理して付き合う必要はないんだよ。藤岡さんだってイヤというものを無理やりどうこうしようなんて悪い人じゃない。きちんと言えばわかってくれる」
「人聞きが悪いな、マスター。ハルがやっと俺の愛に応えてくれる気になったんだ。それを混ぜっ返すようなことは言わないでくれよ」
わざと勝ち誇った表情を作り、軽口を叩くようにマスターにそう言うと、藤岡は春臣の耳元に口を寄せ「店を変えようか」と囁いた。春臣はこくりと頷く。
気遣わしげなマスターを残し、二人で店をあとにした。
「どうする? この先に静かなバーがあるけどそこで飲みなおす? それとも、どこかで食事でも」
「ホテルがいいです」
「え?」
「抱いてください」
抑揚のない声でそう告げた春臣に藤岡は一瞬何かを探るように目を眇めたが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。
「いいよ、行こう」
なれなれしく肩に腕を回され、ぞわり、と全身が強張る。だが、春臣は藤岡のなすがままに身を預けた。
もう心なんかいらない。どうなったっていい。傷ついて、小笠原との思い出を全部上書きしてしまいたい。
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