138人が本棚に入れています
本棚に追加
どれくらいそうしていただろう。汗はひき、呼吸も随分楽になった。ひんやりとしていた床が体温で温められてしまった。そろそろと身体を起こしてみる。もしかしたら、小笠原はもう何事もなかったかのように練習を再開しているかもしれない。そんな儚い希望をもちながら窓からグラウンドに視線を落としたが、やはりそこに小笠原の姿はなかった。先ほど小笠原が消えていった校舎の出入り口のほうに視線を向けてじっと待ってみる。もう、今にも小笠原が元気な姿で戻ってくるかもしれない。心のどこかではそんなことがあるわけがないとわかっていても、もしかしたら、と願ってしまう。戻ってきてほしい、と切実に思う。時間が経てばたつほど怪我が重かったのではないかと心配になる。それなのに、じりじりとただ佇んでいることしかできない自分が歯がゆい。
――どうしよう、どうしよう。
もしこのまま小笠原が二度と跳べなくなったら――?
『大丈夫、俺が替わりに跳んでやる、誰よりも高く跳んでやる。だから泣くな。もう泣くな』
突然、小笠原の言葉が頭の中によみがえった。身体を弓のようにそらせ綺麗な弧を描いてバーを飛び越えていた小笠原の姿が思い浮かぶ。もう二度とあの姿を見れないかもしれない。
――いやだ、そんなのは絶対にいやだ!
いてもたってもいられなくなり、とうとう春臣は衝動的に地学室を飛び出した。廊下を走り、階段を駆け下りグラウンドに通じる出入り口をくぐる。直射日光が突き刺さり目が眩んだ。目を眇めながらグラウンドを見回すと、他の部活の生徒たちは練習に励んでいる。テニスコートのネットの手前にはぽつんと置かれたウレタンマットが見えた。人目につかないよう校舎の壁沿いを歩きマットに近づく。バーは小笠原が落としたままグラウンドの上に放り出されている。
「近くで見るとこんなに高いんだ……」
最初のコメントを投稿しよう!