第一章

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 二つの反射鏡を調整して太陽光を望遠鏡の中に取り入れると、鏡筒の先だけを残して手早く真っ黒な遮光カーテンを引く。途端に室内は闇に包まれ、映し出している太陽だけがぽっかりと丸く輝いている。  黒点観測自体は慣れてしまえば至って簡単だ。接眼レンズを天頂プリズムで屈折させ、太陽像を台の上に投射する。黒点がじわりじわりと移動していく方向で見かけの東西を見極めてから、あらかじめ円と東西の経線がひかれた紙を置き、モータードライブのスイッチを入れる。すると、かすかなモーター音と共に太陽は動きを止め紙の上に固定される。あとは映し出された黒点の暗部と半暗部を手早くなぞるようにスケッチする。五分たらずで終了だ。  再び、遮光カーテンを開く。暗かった室内に一瞬にして光が溢れる。  窓の外を見下ろすと、ちょうど彼が飛ぶところだ。  小笠原は助走を始める前に、右腕を勢いよくぐるりとまわす。野球選手がバッターボックスに立つ時ゲンを担いで肩を触ったりユニフォームの皺を気にしたり、その選手独特の動きをするのと同じで、彼なりの儀式のようなものなのだろう。そして、その場で軽くステップを踏むようにぴょんぴょんと跳ねてからゆっくりと走り出す。  力強い踏み切り。勢いよく投げ出される肢体。弓のように綺麗にしなる背中。  春臣はその動作の一つ一つを目の奥に焼き付けるように見守る。     
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