序章

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第二章 ばばさは、それ以後、桜の精のことは、一度も口にしなかったが、村では、その不思議な少女を見た、といううわさが、日を追うごとに広がっていた。美しいというよりは愛らしい、この世のものとは思えない姿で、村人を湖へとさそうのだ、という。 そして、陶吉は毎晩、同じ夢を繰り返し見ては、うなされるのである。時には心配したばばさにゆり起こされる。ばばさは、陶吉が桜の精にとりつかれたのではないか、とさえ思った。 ある日、ばばさの畑でひとり野良仕事をしていた陶吉は、肩のあたりに、優しい気配を感じて手を止めた。肩には、薄紅の花びらが、ひとひら。 (ああ、桜の花が、終るんだなあ) 見上げると、うすぐもりの空いっぱいに、桜の花びらが舞う。村中の桜の花びらが、空を流れるように散っていく。 …陶吉はなぜか胸さわぎを感じた。ひとつの季節が死んでいくのを見るようで、とても怖かった。 その時、あぜ道を歩いている村人の声が、耳に届いた。 「三太んちの太一が、しろがねの湖でおぼれた、と」 「あの、桜のしわざか?」 「さいわい、通りがかった平作が、水の音を聞き付けて助け上げたが、水をかなり飲んでおってな。二日たっても目を覚まさんそうだ…たましいを持っていかれたのか…」 「太一いうたら、まだ五つにもならん。あの桜は子供までねらうだか」 話をだまって聞いていた陶吉の指がふるえた。小さな子供までおそった、死神へのいかりに。陶吉は、くわを放りだして走った。花が終わる前に、一目、自分のこの目で、その桜に会っておきたい。 自分は桜に招かれてる…恐ろしい確信はあるが、陶吉はこのわなから逃げる気になれない。
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