桜の木だけは知っている

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一本だけ満開になった桜の木から花びらがヒラヒラと舞い踊っている。 「また、会いましょう。四年後この桜の木の下で……」 そう言ったきり彼女は僕の前から姿を消した。高校生活最後の日だった。 僕はそのまま地元から遠く離れた都会の大学に入学した。特にやりたい事もなくただ、淡々と時間だけが過ぎて行き、そろそろ進路を決めようかと思った時に彼女のあの言葉を思い出した。 卒業式から四年の歳月が流れているにも関わらず、その瞬間の彼女の表情や桜の色まで鮮明に蘇ってきた。 ただ、どれだけ思い出そうとしても彼女の名前だけは思い出せなかった。思い出そうとするたびに頭の中に霞がかかり記憶の糸口を掴めそうで掴めないそんなモヤモヤした気持ちに居てもたってもいられなくなり僕は電車に飛び乗った。 必要最小限の荷物で特急電車に一人揺られる僕を避けるように皆思い思いのボックス席に収まっていく。僕はただ、流れる景色を瞳に映していた。
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