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「高城さん、僕と付き合って下さい。」
彼らは口を揃えて言った。体育館の裏や、屋上や、駅に向かう途中の駅で。
「ごめんなさい。」
高城はなるべく、しおらしく、申し訳無さそうにその全てを断った。理由は伝えなかった。理由は無限にあるように思えたし、よくよく考えれば全く無いように思えたからだ。
高城は卒業後は東京に行こうと決めていた。また、そのことに全てを賭けていた。中学生の今を生きるよりも、その後の人生の為に、彼女は時間を費やした。
高城は校門の前の木が好きだった。
癖のある幹のうねりや、素朴な枝の付き方は、10代の浮つく精神を落ち着かせた。
その木が桜であることを知ったのは、担任の西村から聞いたからだった。
普段冷たい印象のある彼が、その桜の木について話す時は少し情緒的になったような気がした。
「校門の前の桜の木は、花を咲かせません。」
ある日、西村は夕礼の場で話をした。
「しかし、私はあの桜の木が好きです。たとえ花は付けなくても、堂々とした桜です。」
何故、西村がその時桜の木の話などしたのか、高城は憶えていなかった。
なんの脈絡もなかったような気もするし、あるいは何か深い意味が込められていたのかも知れない。
しかし、あの桜の木を好きだと言った西村は素敵だと高城は思った。
高城はその夕礼の後で図書館に行き、桜の種類を調べ上げた。そして、校門の前の桜は”エドヒガンザクラ"という種類の桜だということを知る。樹齢千年を超える木もあるらしい。きっとあの校門の前の木も、校門が出来るずっと前からそこにあるのだろうと、高城は思う。
昔は花をつけただろうか。高城は人工物の何も無い丘の上に見事に花を咲かせた桜の木を想像した。
それはどんなに美しかっただろうか。
高城はあの校門の桜の木を好きだと思った。
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