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黒髪の女性がこちらを見据える。その深紅に染まる相貌が、俺の全身を一瞬で強張らせてしまう。…それは、今までに感じたことのない不思議なプレッシャーだった。
「こっちに来てくださる?…この暗さでは文字が見えにくくて」
「あぁ……」
なるほど、そんなことか。
僅かに張っていた緊張の糸が切れ、俺は彼女の言うままに桜の木へ近づいていく。そして彼女が本を読みやすいようにと松明の火を近づけたその瞬間――――――俺の目には、星が瞬く夜空と、そして美しい桜の木の姿が映った。
一体、何が起きたのか……背中に走る鈍い痛みと格闘しながら、俺は思案する。―――と、視界の端に、一人の女性の姿が入ってくる。…それは、間違いなく先ほどの女性の姿そのもので、けれど、何か得体のしれない危険さが、今の彼女にはあった。
「…ねぇ、貴方は知ってる?」
全身がけたたましく警笛を鳴らす。額に気持ちの悪い汗が噴き出す。それは、既に死のうとしている人間の体とは思えない反応で、だから今の俺には、この状況がまるで他人事のように思えた。
「――――――人食い鬼の噂」
しかし、ソレは現実のものとして降りかかってくる。…そしてその痛みが彼女に噛みつかれた衝撃で生じたものだと気づいたときには、全てが終わっていたのだった。
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