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やっとへとへとになって眠りに落ちる時、
彼は優しく私の髪や顔を撫でて囁く言葉がある。
「愛してるよ、真央」
だけど、私は応えたことがない。
私は婚約者の高津和利を愛してるのかどうか、
そもそも愛が何なのかわからないからだ。
虚しい呪文のようにつぶやく愛は
色を失くした林檎のように
叩きつけたら無残に飛び散ってさび色に朽ち果てる。
愛なんてその程度のものだ、と
その時の私はそう思っていたの。
朝、目覚めるとコーヒーメーカーに挽き立ての豆をセットして
彼がお気に入りのお店で買っておいたフランスパンをカットして
彼の実家のお手伝いさんが毎朝彼のために作っていたオムレツを再現して
お化粧して綺麗になってから彼を起こしに行く。
大手建設会社役員を父に持つ彼は私より12歳上の青年実業家だ。
彼の父親の愛人だった私を拾って婚約者にしてくれた彼の提案で、
私は今、設計士の資格を取得している最中で。、
人生の恩人としても男としても
彼は最高のパートナーだと自分の脳に自ら努力して刷り込んでいた。
野心家の彼は、父親に反発して空間デザインの会社を起業したばかり。
早く彼の右腕として役に立ちたい一心で、私は日々猛勉強している。
努力は裏切らないけれど、人間は裏切ることは知っている。
いつかまた一人になる時のために手に職をつけておく方が良い。
女としても、彼の疲れを癒し心地よく眠ってもらうために体力が必要だと考え、夕方は一時間ジムで体を鍛えてから、夕飯の支度をする日々を送っていた。
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