第5章 愛するということ

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季節が秋だったおかげもあるのかもしれない。 愛人ハウスを出た彼のアパートは、以前住んでいた隣の部屋だったけれど。 初々しく愛を確かめ合った頃の部屋と全く同じ質素なものだった。 無言だけど、晴馬はドアをあけるなり私を引き寄せて抱き絞めた。 玄関のドアが閉まり切る前に唇を塞がれ、服を引きはがし合い、久しぶりということもあってお互いに熱く溶け合った。 交わす言葉なんてなくても良い。 何も考えず、人肌に触れて快感に溺れて、何もかも忘れて眠りに落ちた。 そして、朝になるとくだらない口論でロマンチックなムードを壊したくないという思いから、私は晴馬が目覚める前に部屋を出るようにしていた。 ミステリアスな関係こそが、あの頃の恋愛期間中の暗黙のルールだったのだ。 街路樹の葉がすっかり落ちる頃からはもう晴馬のところには行かないと決めていた。 失うぐらいなら、執着せずに時々一定期間だけの関係でも良い。 近付きすぎて、嫌なものばかりが目に付くようになれば、甘い思い出も台無しになる。 以前よりずっと大人になった晴馬は病的な目付きをしていた。 深く踏み込む勇気のない私は、来年の秋まで一人で孤独を乗り越える。 景気が不安定になったお蔭で銀行の金利が大分下がったタイミングで、私は資産運用の相談をした。そこで初めて相続放棄について正しい知識を得た。 笑うしかなかった。 世間の景気に引きずられて売り上げも芳しくないある日。 私は高津にオフィスの引っ越しを提案した。 高津は借金まみれになっていた。 そして同じ頃。 憎き高津の父親も肝臓がんでこの世を去った。
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