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初めて彼女を見かけたのは、雨の日だった。
母が最近引き取ったお転婆が消えたと騒ぐので、俺が傘をさして探しに行った。
彼女は濡れる桜の下で蹲っていた。
「…迎えに来たよ。義妹、になるのかな?お前は」
彼女は泣くこともなく、無表情で膝を抱えていた。
「帰ろうぜ、寒いから」
俺はその汚れた手を引いて歩いた。それは随分小さなものに思えた。
「…あいつ、どこがお転婆なんだ?」
所在無くぶらつく俺は、また桜の下に彼女を見た。相変わらず着物を汚していた。
そして、俺が前に読み飽きて放ってあった本を読んでいた…逆さまに。
「お前、それ逆」
「え?そ、そうなのか…?」
「…ああ、字が読めないのか」
読んでやろうか?と聞くと彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「お話は知ってる、教えてもらったから。字の勉強にならないかと思って」
「…その話、好きか?」
「あんまり」
「そうだよな、なんか恋愛にしては物語が単調でお決まりって感じがするんだよな。あと途中の展開が…」
と話を続けかけて、俺は彼女が目を白黒させているのに気付いた。
単純に本や勉強は好みではないのだと思った。
「…桜、綺麗だな」
「うん」
「やあー!」
次に見た彼女は、桜の下で木刀を振っていた。俺はそれを見て少し安心した。
彼女は座ってじっくり考えたりするのが得意ではないし、他の少女たちのように集まって世間話をするのも好きそうではない。例え男の様な振る舞いでも、気苦労せずのびのびとすることが見つかったのなら、俺は嬉しかった。
「素振りしてるの?」
「あ、お前長刀出来るんだろ?相手してよ!」
「…俺と?お前で?まだ早いな」
「えー」
彼女は気の合わない友人らと離れて刀を握ってから、目に見えて明るくなっていた。
「それより背筋をもっとのばせ」
「こう?」
「うん、あと腕の位置だな」
正直、彼女一人に固執していると自分でも思う。
ただ「心配だから」「義妹だから」と気にかけて世話してやっているつもりでも、その輝き始めた瞳に見つめられると何かをひっくり返されてしまうような気がした。
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