秘密

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社会人になってからも僕は真面目なフリを続けている。ここまで続いたらもはやフリではなくなるのかもしれないが。でも本当の自分はだらしがないし、面倒くさがりのちゃらんぽらんだと自覚している。ただ人前ではある程度の礼節はわきまえるし、言われたこともそれなりに卒なくこなす、ちょっとした気配りだってできる方だ。口の利き方にも気を遣うし、目上の人を敬う姿勢も忘れない。そんな表面的な部分だけを見て人は僕をなぜか信用してしまう。 そうして身勝手に和泉くんは口が堅そうだから、などといって本来他人には言えないような秘密や悩みをどんどん打ち明けてくる。たまったもんじゃない。職場の誰とそれは不倫関係だ、誰それはいつも電話で愛人と喋っていて仕事にならないとか誰くんは退職の準備をしてるとか。私の知ったことじゃない。いや、知ってしまったことではあるのか。秘密を打ち明ける人間の心情はわからないことはない。理解できる。なぜならその秘密を打ち明けられた僕もまた誰かに打ち明けたいからだ。しかし、それはしてはいけない。相談者、密告者は僕が人に喋らないことを期待して告発してきたわけだから、僕からそれが漏れたと分かれば、僕が信用を失う。たまったもんじゃない。 しかもどうしてだろう、これらの密告者はどれも違う人なのだ。もし僕がスパイ映画とか裏社会的なモチーフの作品の登場人物だったなら、所謂情報屋というやつだろうか。かっこいいだろうな。重要な役割を持っていて、大事な時だけふらっと現れるパターンもあれば、便利屋として至る所で暗躍するパターンもあるだろう。ただ心配なのは恨みも買いやすく、どこかのボスに抹殺されるイメージが拭えないということだろう。秘密を漏らせば信用が落ちる。まさに抹殺される。 兎にも角にも、そう、僕は板挟みなのだ。 どうして他人のことでこんなに悩まなくてはいけないんだ。 だから僕は先輩の斎藤さんに相談することにした。 先輩は口が堅そうだし、何より信頼できるから。 こうして知らぬうちに今度は僕が秘密による犠牲者を出してしまった。 秘密の連鎖は続く、犠牲者を伴って。
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