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「桜がきれいに咲くのは――」  その話を聞いたのは私が小学生のときだった。 『今日、東京都杉並区にお住まいの、××さんの長男・○○ちゃん六歳が行方不明になり――』  ボンっ 「ありがとう」  私はテレビの電源を切り、そう静かに呟いた。  私が通っていた小学校の校庭に大きな桜の木がある。その桜は、ほかのどの木よりも先に花を咲かせ、散ってゆくのも最後だった。  その鮮やかに舞い散る花びらと辺りを支配する花香が、新しい学期をむかえ、いささか緊張する私の心を和ませてくれた。  あれは私が中三の春。  その桜の木が枯れそうになった。  焦った私は、小学校の頃、友達が何気なく言ったあの言葉を思い出す。  そして私は、月のない暖かい春の夜に、猫を一匹、根本に埋めた。  闇の夜を支配するような黒い毛並みと、金色の瞳をした美しい猫だった。  その数週間後、枯れそうになっていたのが嘘のように、私の桜は満開に花を咲かせた。  それ以来、私の桜が枯れることはない。  私の桜は、ほかのどの木よりも先に花を咲かせ、舞い散る花びらと噎せ返るような花香が、  私を壊していく。 「桜がきれいに咲くのは、根本に死体が埋まってるからだって」  その話を聞いたのは私が小学生のときだった。  月のない春の夜に、私は桜に――。
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