イノセント・アイ

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 彼は私の所属する、美術文芸部の後輩だった。私が二年生のときの春、入学式が終わってしばらくしてから友達と一緒に入部してきた。黒縁の眼鏡が印象的な、穏やかで落ち着いた後輩だった。  彼は誰に対しても優しく、よく部活の仕事もこなし、きれいな文章を書いた。彼の書く文章は、冬の朝に延びたつららのようにどこまでも透明で、今思えば私はその孤独に惹かれていったのだと思う。  美術文芸部では、一緒に部の仕事をしたり、彼の文章を推敲したりしながら一年が過ぎていった。彼は私の書いたものについては、すごいです。面白いです。とだけ、読むたびに褒めてくれていた。  翌年、私は三年生で部長になり、彼は二年生になって後輩ができた。柔和で面倒見の良い彼は、目立たないながらも後輩の異性から人気があった。そうこうしているうちに、一年生の一人が彼に告白しようとしているという噂を伝え聞いた。小さくてかわいい、元気な人当たりのよい子だった。  もしもその子が彼に告白をしたら、きっと彼とその子は付き合うことになるのだろう。根拠はないけれど、確信を持って私にはそう感じられた。と、同時に私の中からやり場のない焦燥感と切なさが溢れだしてきて、おのずと胸がきゅっと痛んだ。それは初めての感覚だったように思う。彼のことを誰にも渡したくない。目を背けてきたその事実を、私は受け入れざるを得なかった。  私はいても立ってもいられなくなり、青葉が繁り始めた桜の木の下に彼を呼び出した。 「私は、あなたが好きよ。付き合って欲しい」 「僕もです。先輩」  でも、今になって思う。彼の好きと私の好きは違ったのだ。誰かを押しのけてでも欲しいものがある。そんな気持ちを彼は理解しえただろうか。
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