第1章

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「どうですか?頭は痛くないですか?」 白衣を着た中年の男性が優しく聞いてくれる。 机の前には脳のレントゲン写真が何枚も貼り付けられている。どうやら私の脳の断層写真らしい。 「痛くないです。」 「そう、脳の検査では目立った異常はなく順調です。何か困ったことは無いですか?」 「あ、あの…、この人が夫だって言うんです。けれど、私の頭にはいつも靄がかかっていて実感がないんです。」 「そうですか、君は頭を強打して脳出血を起こしました。 頭の治療は終わってますし、心配ないのですが… 脳に目立った異常は無くても、強打による脳細胞の損傷があります。 それが記憶が戻るのを邪魔をしている可能性はあります。 まだしばらく記憶が戻らなかったり、上手く思考が繋がらなかったりするかもしれませんが、悲観することはありません。 正常な細胞が代わりに働いてくれるようになれば時間と共に回復していく可能性は大きいです。 どの程度回復するかは個人差がありますから、なんとも言えませんが、 栄養や睡眠をしっかりとって、刺激のある生活をすることが大切です。 食事は取れてますか?」 「はい、量はまだ少ないですが、少しずつ食べています。 歩行練習などの運動をしてもいいでしょうか?」 「それは無理をしないように、毎日少しずつ時間を増やすなどして進めてください。 運動は脳にも体にもいいですよ。 食事が充分摂れてないなら、点滴をしましょうか?」 「大丈夫です。水分は摂れてますし、食事量も少しずつ増えてきてますから…。」 「そうですか、じゃあまた食べれない状態になったら、点滴しますからすぐに来てください。」 「分かりました。」 「ご主人、覚醒して良かったですね。 夕貴さん、ご主人は君を回復させようと、凄く頑張ってましたよ。 君は半年間眠り続けていた。その間ずーっと君の側でマッサージをしたり、声を掛けたり、音楽を聴かせたり 退院してからは自宅で介護に専念して…。 あなたは本当に幸せな奥さんですね。」 「…はい。」 目覚めてからの優人さんは、いつも私の側にいて、私の表情だけで気持ちを推し測ってくれる。 だから、私は何も困っていない。 これは幸せなんだ。
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