プロローグ 初めての「パン」

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プロローグ 初めての「パン」

 幼い頃、女の子がパンを恵んでくれたことがあった。 「お腹すいてるんでしょ? これあげる!」  石畳の路面、煉瓦造りの街並みが続く、港町の雑踏。  人々が大航海に思いを馳せ、海原へと駆り出す時代。巨万の富を得た成功者に対し、時代の波に乗れなかった貧困層の格差が目に見えるようになった。  ボロマントを羽織って路上に座していた男子へ、その少女は慈悲をたまわれた。  男子とは対照的に、身なりの良いドレスを着飾っている。  その手はパンを差し出しているが、もう片方の手は、親とおぼしき貴婦人に引っ張られていた。 「まぁ、何とみすぼらしい。物乞いに関わるんじゃありません。こっちにまで貧民の穢れが移ってしまうわ!」 「でも、お母様――」 「早く来なさい!」 「あっ――」  強く手を引かれた拍子に、少女はパンを落としてしまった。  それは運良く男子の膝元へ転がり込み、それっきり相手にされなくなる。 「……どうも」  男子はぶっきらぼうにパンをかじった。  まだ柔らかくて甘い、焼きたての味だった。 *
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