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「下らない」
「なぜです?」
「そうやって、悲劇のヒロインぶっているつもりか? 自分で自分を殺す依頼なんて、つまらないこともあったもんだ。俺は生きるために他者を殺すが、自殺の手伝いまでやる気はない。それは己の生きる権利を放棄する、最も下卑た行為だ。這ってでも、あがいてでも、生き延びようと戦うべきだ。戦いから逃げる奴を、俺は軽蔑する」
「……変な人。暗殺者が、生きることの大切さを説教するなんて」
「黙れ。大体お前は、偽の証拠を親戚に仕込むくらい頭が切れるんだろう? だったら、その力でのし上がれ。這い上がれ。成り上がってみせろ。疲れたなんて甘ったれるな。自分が勝って、生き残れ」
「……あなたは、一体」
「うるさい。俺は、お前だけは殺せない。俺は生きるぞ。もともと、お前に救われた命なんだ」
「え?」
「俺は生きる。そして、お前が生きている限り、お前の活躍を見守ってやる」
青年は部屋の窓を破って、外へ脱出した。
せっかくの初仕事、それもこんなに簡単な内容を、彼は反故にしてしまった。
(俺はもう、師匠のもとには帰れないな)
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