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2.初めての「侵入」
青年には、上流階級の小難しい世界は判らないが、その名前は聞いたことがある。
ブルタニユ家と言えば、この港町で幅を利かせる大富豪だ。
何隻もの大型船を所有しており、港に出入りする流通の五割以上を独占している。
話を聞くと、現当主の直系に当たる継承者が女子しか居ないらしい。跡取りと言えば嫡男が当たり前な風潮の中、やむを得ず長女が、次代の当主として担ぎ出されたそうだ。
となれば当然、面白くないのは親類縁者たちだ。
深窓の箱入り娘に跡目が務まるわけがない、と難癖を付ける。遠縁だとしても男性を継承者にすべきだと訴えて来る。何かと内部で争いが絶えないらしい。
「――そこで、この依頼が来たわけだ」背中を叩いて送り出す師匠。「目障りな跡取り娘を、殺す。依頼主がブルタニユ家の関係者らしくてな。今夜の屋敷周りの警備は手薄にしてくれるそうだ。てめぇは散歩でもするように、ひょいっと立ち入って、娘の首をかっさばいて来りゃあ良い。半人前にもこなせる、楽な仕事じゃねぇか。な?」
「依頼主は、標的の親戚なんですか?」
「関係者、としか聞いてねぇな。いいか、俺たちは暗殺者だ。金さえ積まれりゃ受諾する、素姓も理由も聞かねぇ。それがギルドのルールだ」
そう言われてしまうと、青年は反論できない。
いずれにせよ、難易度の低い仕事を持ち帰ってくれた師匠の親心には感謝した。
これをこなせば、青年も一人前だ。
自分で食い扶持を稼ぎ、独り立ちできる。
(自分の金で、パンを買って、生きて行ける)
それが、青年の目標だった。
自分の労働で買ったパンは、果たして美味だろうか?
あのとき味わったパンの旨さを、再び体験できるだろうか――。
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