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はじめてデュエットをして以来、マリヤは必ず里沙の隣に座る。歌に対してあまり乗り気でないように見えた彼女も、今では別人のようだった。里沙はあの奇跡的な体験が忘れられず、会えば毎回デュエットをせがんだ。
「ちゃんと練習してきた?」
「ばっちりですよ。何ならどっちでもいけます」
後々判明したのだが、あれは本当に奇跡的な出来事だったらしい。マリヤは頑なに年齢を明かそうとしないが、恐らく、下手すれば二回り近く離れている。二人の持ち曲はまるで重ならなかった。結局、最初に歌った曲ばかりになってしまい、いつしか「課題曲」を設定する習慣が生まれた。
「いや私が無理だって低音出ないわ」
「じゃあ、まあ、いつも通りで」
「……あんたほんとに偉そうだよね」
「ありがとうございます」
「褒めてないから」
これがジェネレーションギャップかと内心苦い思いを噛み殺していた里沙も、課題曲をひとり練習しては彼女と合わせるのが密かな楽しみになっていた。大抵は里沙の提案する昭和の歌謡曲だが、時折、常連客からのリクエストに応えることもあった。二人で歌い始めて二ヶ月ほど。スナックでも、常連たちの間で二人のデュエットは新たな名物になりつつある。
「ね、マリヤは歌いたい曲ないの」
出来るだけ何でもない調子で、里沙は尋ねた。水割りを口に含む。やけに濃いめのそれは、ママの気まぐれか、売り上げ向上の為か。
「私は、大丈夫です」
マリヤも倣うようにグラスを手にした。小さな声。いつもこうだ。歌っているときはあんなに楽しそうに生き生きと歌うのに。彼女の態度から、歌自体が嫌な訳ではないだろう。しかし、どうして自分からは何も言ってこないのか里沙には分からなかった。最近の若者は主体性がないと聞くが、そういったこととはまた違うような気がする。いつか泥酔させて白状させよう。里沙はかたく胸に誓った。
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