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「好きな酒とかないの?」
「……特に」
「じゃ、初めて飲んだ酒は?」
「……」
マリヤは頑なに自分のことを語ろうとしなかった。何を尋ねても、三回に一回返事があれば良いほうだ。しかも、その回答もはぐらかすようなものばかり。里沙は意地になってあれこれどうでもいい質問を投げ続けた。
「はいはい、なら好きな食べ物は?」
「……お団子」
「団子! しっぶいなあ。今度買ったげるよ」
「いりません」
「ああもうほんと可愛くない」
最近は面倒くさくなってきたのか、マリヤの返答もどんどん適当なものになってきていた。そろそろボロを出さないかという里沙の期待を余所に、彼女の壁はなかなかに分厚いものだった。異常にガードが堅い。痺れを切らした里沙のせいで、二人の会話は時に尋問に近いものになり、見かねたママに遮られることもあった。
「まーたマリヤちゃん苛めてんの?」
常連客はそんなやりとりを微笑ましく見守っているようだった。不本意ながら、うんざりするような横やりに里沙が苛々するところまで含めて、見世物になっている気がしなくもない。
「むしろ苛められてんのはこっち!」
「えー、かわいそうだからやめてあげなよ」
「ああもううるさいうるさい絡むな」
「せっかく可愛い子が来てるのに、いっつもさっちゃん独り占めするんだもん」
「おっさんが『するんだもん』とか言っても気持ち悪いだけだってば」
里沙が他の常連客と話している間、マリヤはにこにこ笑って座っている。彼女は里沙以外に対しては極めて丁寧な言葉遣いを崩さず、生意気な口をきくこともない。腹立たしい一方で、自分にだけ好き勝手言ってくる若い女のことを、里沙は好ましく思ってもいた。滅多に懐かない野良猫に懐かれた感覚に似ている。知り合ってから日は浅く、プライベートなことも知らないが、ついつい年の離れた妹のように感じてしまうのだった。
『ね、あの子、なんでいきなりここ来たの?』
マリヤがいないとき、ママに聞いたことがある。そもそもここ、スナックパーチに足を運ぶ若者なんてほとんどいない。それもマリヤのように若い女の子であれば尚更。ママは笑ってはぐらかし、なかなか答えてくれなかった。確かにいくら常連相手とはいえ、その場にいない客の個人情報を簡単に話すような店主であれば、里沙も通い詰めることはないだろうけれど。
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