2.スナックパーチ

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『先生の姪っ子らしい』  ぼそりと低い声で教えてくれたのはゲンさんだった。彼はこの店のことなら大抵知っている。ママについても、客についても。先生というのはかつてゲンさんと並んで酒を飲んでは毎日のように入り浸っていた常連客の呼び名だった。里沙もこの店に通い始めたころはなんだかんだと大変世話になった。顔をくしゃくしゃにして笑う先生の顔立ちと、マリヤの整いすぎた面差しはあまり結びつかなかったが、少し斜に構えたような態度は似ていると言えば似ている。里沙は一人納得して、再び石像みたいに固まったゲンさんの背中に頭を下げたのだった。 「はい、マリヤちゃん、どうぞ」  ママがひどく嬉しそうな顔で差し出したのは、生ビールのジョッキだった。 「お?」 「ついに?」 「やったね!」  常連客が口々に声を上げる。何が何やら分からない様子のマリヤは、ジョッキを両手で受け取って、控えめに首を傾げた。 「あのー、これは……」 「ゲンさんのおごり。ゲンさんからのビールは、この店だと常連さんの仲間入りってことなのよ」  ママが示したのは、カウンターの一番奥に腰掛ける彼だった。ゲンさんは、名前を呼ばれると少しだけこちらに顔を向け、手元のグラスを僅かに掲げて見せる。それを合図に、常連客らがわあっとはしゃいだ歓声を上げた。 「マリヤちゃん、おめでとう!」 「やっとパーチの仲間入りだね」 「またいっぱい歌ってよ」  この日の為に用意したのだと得意げにのたまう客が足元から取り出したのはクラッカーのセットだった。悪のりした客が次々紐を引く。連続する破裂音、大人げなく騒ぐ声、グラスとグラスがぶつかる音。そんな喧噪の中で、ゲンさんは静かに元の体勢に戻るのだった。 「おめでと」 「……全然、祝われてる感じしませんけど」 「そう?」  最後の一滴まで飲み干したジョッキを受け取り、里沙は彼女の結い上げた髪を無造作に引っ張った。マリヤは顔を顰めて見せたが、あまり、嫌そうには見えない。最近、この子のことが少しだけ分かってきた気がする。里沙はもう一度強めに毛先を引いて、涙目になったマリヤの顔にげらげら笑った。
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