3.忘れもの

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「最近、多いのよ」  風の強い夜だった。マリヤの姿はなかった。見慣れない中年男性客を見送ると、ママは里沙を呼び寄せた。カウンター席、ゲンさんの隣の隣に腰を下ろす。 「ちらちらお店を見て、すぐ帰っちゃうご新規さん」 「多いってどのくらい?」 「今週で四人目」 「ふーん……」 「こそこそ一杯だけ飲んで、しばらく様子見て、大してお喋りもしないの。嫌な感じ」  上の空でママの話に相槌も打たなかった先ほどの客。眼鏡のフレームを落ち着きなくいじっては、中指の爪を天板に叩き付けていた。カチカチと一定のリズムで続く音が、客たちの会話の隙間から神経質に響くのを、里沙も遠くで聞いていた。 「そういうこと?」 「かなって。さっちゃんもそう思う?」 「うーん……」  里沙は答えとも唸り声ともつかぬ音を喉の奥で鳴らした。広げた小袋からピーナッツを取り除き、ティッシュの上に集める。ようやくビニールの中身が柿の種一色になったことを確認し、ピーナッツの山を崩さないように注意して、そろそろとティッシュの端を引っ張る。ママはじっと何かを考え込んだまま、その山に手を伸ばした。彼女は無類のナッツ好きで、里沙は柿の種だけ食べたい。こうしてカウンター席につくときは、柿ピーを分け合うのが常だった。 「そりゃあ、そういうおっさんもいるかもしれないけど」 「可愛いもんねえ、マリヤちゃん」  薄い赤茶色の表面がてらてら光るのを眺める。里沙は摘まんだ三日月型の菓子を口に放り込んで噛み砕いた。しばらく二人の手と咀嚼が止まることはなかった。 「あの子を狙うっていうのは、まあ、わかる。でも、新規客ばっかりなんでしょ?」 「そう。そうなのよ」 「マリヤと遭遇した人はいないの?」 「今のところはね」 「ふーん……」  スナック慣れしているかどうか、新規の客でも見ていればすぐわかる。先ほどの客はまったく慣れていない様子だった。終始居心地が悪そうで、会計の際もスマートとは言い難かった。これは里沙の見方が歪んでいるだけかもしれないが、後ろめたいことがあるような態度にも見えた。 「何かあったらって思うと、ちょっと怖くて」 「そんなに気にしなくていいんじゃない」 「そう?」 「何かあった訳じゃないでしょ」 「そうねえ……」
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