3.忘れもの

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 綺麗な若い女の子と飲める、だとか、彼女のプロ顔負けの歌が聴ける、だとか。きっと又聞きの又聞きくらいの噂だけで乗り込んできたマリヤ目当ての客なのだろう。里沙はその程度にしか考えていなかった。 「まあ、何でもないならいいんだけど、ね?」  いつの間にかティッシュの上のピーナッツは一粒も残らず食い尽くされている。ママは手に残った白い粉を無駄に優雅な仕草で払い微笑んだ。 「こんなのんびりした日ばかりじゃないでしょ。目が届かないときもあるから……一緒になったときは、少し気にしてあげてよ」 「……なんで私が」  里沙は袋の奥に固まる柿の種を睨み付けた。 「だってあーんなにかわいがってるじゃない。ふたりの歌、もっと聴きたいしね」  小袋の端を持ち、大きく開けた口の中に残りをすべて流し込む。ぼりぼり音を立てて、里沙は何も答えなかった。ひたすら香ばしい塩気を貪ることに集中する。表情も変えずにふてくされる里沙を前に、ママはますます笑みを深めるばかりだった。 「じゃ、ママ」  仕事用のバッグを漁り財布を取り出す。 「もうちょっとお喋りしましょうよ」 「今日は可愛い可愛いマリヤちゃんもいないし。帰る」 「そう?」 「うん。また来週ね」 「さっちゃんたら、拗ねちゃった?」 「そんなんじゃないよ。はい」  五千円札をカウンターに置く。ママは一瞬黙った。目が合う。二秒ほど見つめ合って、里沙は席を立った。向こうのゲンさんに軽く会釈をし、コートを羽織る。ママは小さく首を振り、三等分に折り目のついた五千円札をそっとしまった。 「さっちゃん、またねえ」 「次はもっと歌えよー」 「マリヤちゃんにもよろしくー」  あちこちで上がる声。まばらに座る客たちへ適当に手を振り返す。ドアのところでもう一度だけママに向かって右手を上げて、里沙は店を出た。
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