3.忘れもの

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 地上への狭い階段を強風が吹き抜ける。ばさばさと髪が舞うのを押さえつけて、体勢を低く保ちなんとか足を動かした。幸い雨は降っていない。里沙はバッグを肩にかけ直した。駅への道、風圧に煽られないように注意してそろそろと歩く。金曜の夜にしては人影もまばらだ。里沙は、今日に限って珍しくピンヒールを選んでしまったことに後悔しながら、とにかく早く帰ろうと思った。  駅のトイレに避難した頃には髪は乱れに乱れていた。文字盤の大きな腕時計を覗き込む。仕事もスナックも短く切り上げてきた為、幸い時刻はまだ二十二時台だった。電車も終電付近に比べれば空いているだろう。申し訳程度の化粧直しを終え、ホームへ向かおうとしたそのときだった。  バッグの内ポケットから伝わる振動。里沙はエスカレーターの列に並びながらスマートフォンを引っ張り出した。 『今暇?』  目に飛び込む突然のメッセージ。慶一郎、と表示された名前は滅多に連絡などしてこない多忙な弟のものだった。なんだか面倒なことになる予感がする。一瞬躊躇したものの、里沙は大人しく画面をタップした。 『何?』 『電話できる?』 『うん』  数秒後には着信が入った。居心地の悪い両腕を組み替えて、渋々電話に出る。 「……もしもし」 「お疲れ。悪い、ちょっと頼みがあって」  久しぶりに聞く弟の声は、心なしか疲労が滲んでいるようだった。 「嫌な予感しかしないんだけど」 「家に眼鏡忘れてさ。取ってきてくんない」 「え、やだよ。マネージャーくんに取りに行かせれば?」 「今あいつも一緒に関西きてて無理なんだよ」 「はあ? なに、関西まで届けろってこと? 普通に無理でしょ」 「あー違う違う。明日の夕方さ、ラジオの放送局まで持ってきて欲しくて……」
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